【映画】ちひろさん は、菩薩? 寂しさが残るのにあたたかい不思議な作品

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Netflixで見たのですが、当たり映画だと思います。人生の名言が散りばめられており、なるほど!と納得する作品です。原作は、安田 弘之氏の同名の人気マンガで、今回、主演を有村架純氏、監督は今泉力哉氏により映画化されました。孤独を愛しているのに、みんなに人気者の”変わった”女性の物語です。見終わって、寂しい気持ちとあたたかい気持ちが入り混じった複雑な何かモヤモヤ感が残る余韻のある映画でした。ちひろさんに、会いたい気持ちになります。

映画の概要

2/23(金) Blu-ray&DVD発売 映画「ちひろさん」

監督:今泉力哉
原作:安田弘之
CAST 
ちひろ:有村架純
オカジ:豊嶋花
マコト:嶋田鉄太
バジル:van
谷口:若葉竜也
ヒトミ:佐久間由衣
べっちん:長澤樹
チヒロ:市川実和子
ホームレス(師匠):鈴木慶一 
          ”ムーンライダーズ”!!
永井さん:根岸季衣
尾藤:平田満
内海:リリー・フランキー
多恵:風吹ジュン

原作は、
第1作目の”ちひろ”で描かれた風俗嬢時代の
続編で、第2作目の”ちひろさん”で風俗を辞めて
お弁当屋になっている、ちひろを描いている。

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感想(13件)

あらすじ

海辺のお弁当やさんで働く、ちひろさんは、
元風俗嬢を全く隠さず、気さくな性格で街の
人気者です。
彼女は自由で、変わり者で、誰彼分け隔てなく
自然に接してくれます。
彼女には、抱えた闇が見えるのか、
落ち込んだり、悩んでいる人の気持ちを
何気ないことでほぐしてくれるのです。

ホームレスのおじさんをお風呂に入れてあげ、
お弁当を一緒に食べ、
作られた家族団欒に嫌気をさした、
オカジ、
シングルマザー家庭で、母親にいつも構って
もらえず、寂しい思いをしている
小学生マコト、
親友のバジル、
偶然再会した元風俗店の店長、
内海や
弁当屋の主人の入院している奥さん
多恵さん、
いろんな人が、ちひろを中心に心を温めて
もらいに集まってくる。

ちひろを中心にした輪が出来上がる。

でも、
ちひろは、煩わされない自由が好きなんです。

”ちひろさん”の感想(ネタバレ含む)

ちひろさんみたいな人は、周りにいなかった。
いや、いたけど気が付かなかっただけなのか?

原作を読んでないので、原作のちひろさんとの
違いはわかりませんが、
かなり忠実に描きつつ、
映像化された、
もう一人のちひろさんを描いて
いるのだと思います。

監督の今泉力哉氏の表現力が素晴らしく、
あえてぼやかして撮ったように思います。
久しぶりに余韻に浸れる映画でした。

もちろん、
主演の有村架純氏の演技は素晴らしく
ちひろさんでした。

それでも、有村氏の感想では、
役に近づかせてもらえない、
近づいたと思ったら、逃げていく。
他の作品と違って、
役を掴めない存在、届かない存在

というほど、役作りに苦労されたらしいです。

周りの俳優さんも若手とベテランの演技が
素晴らしい映画です。
その中でも、
元店長の内海(リリー・フランキー)と
弁当屋の入院中の奥さん多恵(風吹ジュン

いつもながら、リリー・フランキー氏は、
良い味出した演技をしています。
悪役から、良いおじさんまでオールラウンドで
こなし、それぞれが違う個性を見せてくれる
俳優さんです。

ちひろさんから、お父さんと言われ、
内海自身も、ちひろを娘のように見守って
いくのをうまく描いている。

弁当屋の仕事をしすぎて過労で目を悪くして、
入院していた多恵を、新しく入ったアルバイト
というのを隠して、多恵のお見舞いにいつも
来ていた。

ちひろが、落ち着けるのは多恵と話している時
と、内海のいる時だと思われます。

多恵役の風吹ジュン氏は、1970年代の青春の
アイドルでした。
ユニチカマスコットガールに選ばれ、
小麦色の健康的なカバーガールで大人気した。
その後、
いろいろあり、清純派アイドルでなくなり、
女優に転身。
気がついたら、有名どころのドラマに出演して
おり、どのドラマでも見かける女優に
なっていました。

今でも、
母親役といえば、というほど、
映画やドラマで活躍している日本を代表する
女優です。

ずっと変わらず笑顔が素敵です。

それと、
ホームレスのおじさんを演じた、
鈴木慶一氏が良い味出していました。
”ムーンライダーズ”のボーカルであり、
ミュージシャン兼俳優です。
セリフは全くないですが、仕草だけで
ホームレスらしさを演じています。
本当に、ホームレスかと思いました。
礼儀正しいのも良いです。
この人の笑顔も、赤ちゃんのようで
よかったです。

でも、
なぜ、ちひろは、このホームレスに
寄り添ったのか?

きっと、
ホームレスの中に影を見たからだと思う。
どんな、影を持っていたのか?
作品中では描かれていません。

そして、もう一つ疑問なのが、
べっちんの隠れ家(?)に、よく来ていた
けど、
べっちんは、話をしたことはない、
と言っているのに、”師匠”と呼んでいた。
なぜ、”師匠”と呼んでいたのか?

ちひろの背景

本編で描かれている、ちひろを探ってみます。

ちひろ:
「それが本当のことかどうか、わからないし、風俗嬢ってそういう仕事だし。
その人がどういう人か、目を見ればわかるよ。」

ちひろ:
「それがお母さんの理想なんだね。
一人で食べても、美味しいものは美味しいよ。」

ちひろとオカジの波打ち際での会話

ちひろは、たくさんの人を見てきて、
どんな人か理解できるようになっています。

ちひろのお客:
僕たちは、人間という箱に入った宇宙人なんだ。
一人一人、みんなやってきた星はバラバラなんだ、分かり合えないのは当然なんだ。

ちひろ:
「家族でも、恋人でも、友達でも?」
ちひろのお客:
「そもそも別の星の人なんだから。
そう考えた方が楽じゃない。」

ちひろの風俗嬢時代のお客との回想

これは、名言だと思う。
まさに、この作品の中心にあり、
テーマなのだと思います。

オカジの父親:
「お前には家族より大切な約束があるのか?」

オカジの家族団欒の食卓での会話

オカジは、父親と母親の理想の家庭の
道具にされていた。
その息苦しさに気がつき、悩んでいた。

この映画は、
親のミエによる子供の孤独と苦悩
描いているのだと感じる。

ちひろ:
「これいいね、って言ったら、
それいいね、って言ってくれて、
そうだね、って言ったら、
そうだね、って言ってくれて、
それだけでよかった。」

わかりあうのに、
余分な会話は不要であり、
心に寄り添ってくれるだけで良い
ということを訴えている。

チヒロ:
「怖くないよ、
夜は私たちの味方だからね。」

神社の階段でのチヒロとの回想

ここでも現れる、夜=陰の世界。
昼=陽は、明るく優しい世界。
夜=陰は、自分の心の世界。
心の中の、陰陽を線引きして表しており、
チヒロさんも、幼いちひろも、
陰が守ってくれると言っている。

ちひろ:
「したい埋めた後って、
無性にラーメン食べたくなるよね。」

谷口とのラーメン屋を出て飲んでいる時の会話

したいが出るのは、ホームレスの”師匠”
と、岸壁で見つけたかもめの2回で、
一生懸命、弔った後、
どちらも、ラーメンを食べていた。
これが意味することは、わからなかった。

谷口:
「自分より弱い人間は何してもいい、
何言ってもいいやつを見ると、
どしても許せなくて。」

谷口とのラーメン屋を出て飲んでいる時の会話

谷口の右手には、”色即是空”と刺青が
してあり、右手を握って耐えていた。
谷口は、父親のパワハラからカッとなり、
バットで父親を殴りつけて、怖くなって
逃げてきた過去がある。

そして、
カッとなってしまった自分を後悔し、反省し、
治めるため、
色即是空の刺青を入れて、自分を戒めていた。

色即是空とは、
この世の万物は、形を持つ(色)が、
その形は仮の姿で本来は空であり、
不変なのものはない
、という教義。

この世のものは、目に見えるもの
(物質や現象)は、実態と存在せず、
刻々と変化しており、不変なものは
存在しないため、原因(因果)が
なくなれば、現象(色)は消える
という仏教の考えである。

まさに、
この映画のテーマと言える。

ちひろは、その原因となった谷口の
因果を消すために、
そして、
自分自身のホームレスの”師匠”を
助けられなかったという、
因果を消すために
谷口と体を重ねたのだと思う。

ちひろは、影を抱えて苦悩している
みんなの因果を消すそう
としている
ように思う。

ちひろ:
「気付いたのよね。
人の心は独り占めすることなんて
できないってことに。」

「お酒を飲めない下戸の人と同じで、
飲み過ぎたら気持ちも悪くなるし、
下手したらしんじゃう。
まあ、いるんだね、
そんな人もと思ってくれればいい。」

バジルとの恋愛論の会話

自分自身の因果を治めるため、
自分自身で悟りを開いたのだろうと思う。

べっちん:
「人にも、自分にも期待しないと決めたら、
少しだけ気が楽になった。
だから、
また一人になった時に寂しくなる。」

学校の屋上でのオカジとべっちんの会話

同じく、べっちんも悟りを開いている。
べっちんも、他人に期待はしていないが、
優しい性格で描かれている。
他人に期待しないことで、
自分自身が傷つかないようにしている。

ちひろは、
人の気持ちに影を見ると、
なんとか癒してあげたくなるのに、
自分の影は、人に見せたくない。
そんな、映画なのかなと思う。

きっと、
どんな人にも当てはまり、
自分とはなんだろうと、考えさせられる、
ハートフルな映画だと思う。

なんで沈んでいたのか?

ちひろ:
「水の底にいるから。」
内海:
人の体は浮くようになっているから。
もがかなければ浮かぶんだよ。ジタバタするから沈むんだよ。

内海からの電話で、飲みに出てこないかと誘われた時

暗い部屋に反射する波の光と影が、
陰と陽を表している。

ちひろは、光と影に包まれて、
周りの煩わしさから遠ざかり、
安らいでいたと思える。
孤独を楽しんでいたのだと思う。

どんぐりは、何を意味する?

チヒロの墓に、たくさんのどんぐりを供えた。
それは、チヒロに出会った時、手を繋いでもらい
安らぎを得たお礼に、どんぐりを渡した。
この時に、ちひろには、チヒロさんとは、
同じ星の人”だと感じていたのだろう。
ということは、
どんぐりは、”同じ星の人”の証だと思う。
それを、
チヒロの墓にたくさん供えたということは、
別の世界でも、またたくさんの”同じ星の人”に
会えますようにという願いなのだと思う。

入院している多恵にも、
カラクリ箱に入れて、どんぐりを渡している。
多恵の娘との思い出でも、
どんぐりをたくさんとったけど、多恵の娘は
興味を示さなかった、と語っていた。
残念ながら、多恵と娘は、”同じ星の人”では
なかったということだろう。
その後、劇中でも多恵の娘は出てこないので
疎遠になっているのだと思われる。

内海について

ちひろ:
「店長って、私のお父さんだったのよね。」
内海:
「なんで?」
ちひろ:
「それをずっと考えてたの。」

墓参りした帰り、車で寝入っていたが起きて待っていた内海との会話

ちひろは、居心地の良さから、
内海も、”同じ星の人”かもと考えたが、
どこか違うとも思っていた。
そして、たどり着いた答えが、
お父さん、だった。
内海も、
”面白いからそれに付き合ってやることに
した。”
と言っているところを見ると、
お互いに同じような感覚だったのだろう。
内海自身も、店長時代からずっと、そうやって
父親のように気になって見守っていたと思う。

なので、
ちひろに、お父さんと言われて、
嬉しかったのだと思う。

内海:
「空っぽ。幽霊みたいなやつ。
足元見たら、尋常じゃなく足が汚れてるんだ。
もし、
うちの店のドアをふらっと開けてなかったら、
あの子はもうこの世にいなかったんじゃない
のかもしれないな。」

内海とバジルとの会話


はじめて、
ちひろが、内海の店の募集に来た時から
危うさを感じていて、ずっと気にしていたの
だと思う。

この時の服装は、リクルートスーツのような
服を着ていて、内海が言うように
靴は泥まみれになっていた。

足元が泥まみれになるシーンは、
ホームレスの”師匠”を葬った時と重なる。

何か、
重大なことをしてきたことを暗示している。
今の自分を無くすことにしており、
風俗で無くすか、
じさつで無くすか
の選択をするところに来ていたと思われる。
自分を消そうとしていたと思う。

多恵との関係

多恵:
「ありがとね。連れ出してくれて。」

「嵐の夜って、無性に出かけたくなるの。
そういう人って、他にもいるかなあって。」

ちひろ:
「ああ、この人は、私と同じ星の人なんだ。」

「お母さんが死んだんだ。
でも、なんとも思わなかった。」

多恵:
「でも、今より素敵な人にはなってない
んじゃない?
今のあなたがとっても好きよ。
おいで、抱っこさせて。」

嵐の中病院から多恵をドライブに連れ出した時の会話

多恵が、退院の前日に
病院から連れ出してドライブしたいと、
ちひろにお願いする。

そして、
二人は、嵐の海岸に停めた車の中で
波音を聞いていた。
多恵が、翌日の退院前に外出したかったのは、

多恵は、見舞いに来たちひろの中に
影を見たのだと思う。
だから、
ちひろは、多恵に会いに来たのだし、
多恵もちひろの気持ちを感じて、
嵐の中、ドライブに誘ったのだと思う。

ちひろにとって、
自分をわかってくれる存在は、
同じ星の人”なのは、
昔会ったチヒロさんと
多恵の
二人だけだった。

その多恵は、
ちひろが孤独を欲していることを感じていた。

ちひろの育ってきた家庭環境は、
詳しく語られていないが、
弟がいて、母親がいて、長いこと疎遠、
というか、避けて生きてきたことは、
映像で語られている。

父親に関しては、
本作では何も語られていない。

昔、チヒロさんに会った時、
夜の神社で、自分で作った巻き寿司を一人
食べていて、
子供が夜中に一人、自分で作った弁当を、
家ではなく、神社の階段で食べているのは、
何を表すのか?
ネグレクトか?
家には誰もいない?
でも、弟がいたはず。。。?
不思議な家庭環境です。

でも、
何かがあり、母親とも弟とも、疎遠で
生きてきた、ちひろがいる。

多恵:
「帰っちゃったのね。」
ちひろ:
「寂しくて、珍しくお酒が回っちゃた
みたい。
どうして、
私が帰ったってわかったの?」
多恵:
「だって、
寂しい気配が、ふっとしなくなった
もの。」
ちひろ:
「多恵ちゃんには、
なんでも見えちゃうんだね。」
多恵:
「ねえ?
どこか遠くにこうかなと思ってる?
もういいんじゃない。
あなたはどこに居たって、
孤独を手放さずにいられるわ。」

お月見から抜け、夜道を散歩している時の多恵からの電話での会話

弁当屋の店長の尾藤から、
これからは、”ちひろ”と”あやこ”のどちらで
呼んだ方が良いか聞かれたが、
ちひろは答えず、
偶然、同じタイミングで。
オカジが、”ちひろさん!!”と呼んだ。

つまり、
このコミュニティでは、
元風俗嬢のちひろという存在だと思う。

なので、
ちひろは、新しい、別の世界を求め、
お月見の宴から、一人抜け自分の居場所を
求めることにした。

でも、
多恵には、見透かされていて、
ちひろが別の世界を求め始めたことを
感じていた。

月見の宴では、気の合う相手と話をしていた。
オカジとマコト、
内海とバジル、
尾藤と多恵、
これが、”同じ星の人”同志ということ
だと思います。

ということは、
ちひろと、尾藤も”同じ星の人”同志?
ずっと、お弁当屋さんの店長として接してきて
ちひろは、”同じ星の人”とは思ってなかった。
とすると、
同じ星の人”同士だけが、分かり合える
のではない?

そして、一人だったのは、
ちひろと、永井さんと、べっちんです。

この場面で、何を表したかったのか?
浮いている、一人の人は、何を意味するのか?
ちひろの孤独感を表す以外にもあった
ように思えます。

ちひろ って?

この物語のキーワードは、

別の星の人

色即是空

であることを考えると、
ちひろは、
現世で活動し、まだ悟りを開いていない

菩薩

だったんだと思います。

なので、
新しい修行の場に踏み出して行った、
そう思えるのです。

お弁当屋さんの時は、
前職は、風俗嬢を公言していました。

お弁当屋さんでの修行を終わり、
新しい修行場所では、
前職は、お弁当屋さんだと言っており、
新しい修行になったことを表している
のだと思います。

わからなかった疑問

ちひろの子供の頃の家庭環境。

ちひろが初めて風俗に面接に来た時、
なぜ、足元が汚れていたのか?

ちひろは、ホームレスのおじさんに
どんな影を見たのか?

べっちんは、なぜホームレスのおじさんを
心の中で。”師匠”と呼んでいたか?

べっちんには、何者にも左右されない孤独
に生きているホームレスのおじさんに
憧れを持っていたのかもしれない。

”同じ星の人”以外でも分かり合えることが
できるのか?


お月見の宴で、浮いていた一人は、
何を意味するのか?

わからないことが、楽しくなる、
そんな、内容のある映画
岡田斗司夫氏の映画判断基準)
だったと思います。

原作を読んだら、ちひろさんに近づけるかな?

また、
ちひろさんに会いたくなります。